2015年2月5日木曜日

国際交流展

数日前に無事作品を作り終えトルコより帰国しました。
その旅のご報告の前に一つ展覧会のお知らせです。

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毎年参加させていただいている日韓交流展がきっかけで
この交流展からもお誘いいただき旧作ですが2点出品することになりました。

2月10日~14日(11日は休館)
10時~17時(最終日は15時まで)
10日14時からオープニングセレモニー
東京都新宿区四谷4-4-10
駐日韓国大使館 韓国文化院1階 ギャラリーMI
03-3357-5970

両国の絵画、彫刻作家20名以上が出品します。
皆様どうぞご高覧ください。

2014年12月11日木曜日

再びトルコへ

今年の夏に訪れ、このブログでも書いてきましたトルコへ再び行くことになりました。
前回の旅でとあるホテルオーナーと運命的な出会いを果たし
話はとんとん拍子に彼らの新しいホテルへ作品を収める運びになりました。
カッパドキアの絶景に臨む素晴らしいホテルです。

http://www.millstonecavesuites.com/en/index.html

オープンは来年3月とのことでホテルもHPも今まさに建設中です。
日本語の流暢な2人のイケメンオーナーが迎えてくれますので
皆さんもかの地へご旅行される際は是非ご利用ください。

この地域は以前のブログでもご紹介しましたが
凝灰岩が削られて出来た奇妙な地形から世界遺産になっていることで有名です。
その岩山を削って作られた多くの遺跡や現在も使われている住居、
そしてそれらを利用して経営している岩窟ホテルも多数あります。
彼らのホテルも岩山を削って作られた遺跡を大改装するもので
世界遺産の一部ということで国への許可の申請やら何やら
着工までには大変な苦労があったそうです。

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当初の依頼は独立した大理石の彫刻をというものでしたが
せっかく天然の岩壁がむき出しになっているのが魅力の空間ですから
そこに直接、全く新しいタイプの抽象的なレリーフを彫りたいと提案しました。
部屋やレストランの壁に絵を飾る代わりに壁が彫りこまれたレリーフがあったら
きっと面白い空間になりますと模型を作って説得し続けました。
最初難色を示した2人でしたが今では完全に意図を理解していただき
僕の思う通り自由にやってくださいと万全の態勢で待っていてくれています。

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before
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after

今は独立した大理石彫刻と壁へのレリーフの2つを作るつもりで
勿論現地制作ですので約1か月の滞在を予定しています。
トルコは白大理石もイタリアのものに劣らぬ高品質のものが取れます。
詳細は現地に行って考えるので構想次第では帰国日を延ばしてでも
その場所でしか味わえないような良いものを残したいと思っています。
頑張ります。

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2014年10月6日月曜日

Cappadocia

前回の投稿から随分時間が経ってしまいました。
トルコの続きです。

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あまりにも有名な観光地なのでこの写真でどこだかお分かりの方も多いと思います。
トルコ中央部にあるカッパドキアと呼ばれる地域です。

この地域にある3つの火山によりこの奇妙な景色が出来上がりました。
噴火で流出した溶岩で出来た火成岩と緩やかな活動期に堆積した火山灰で出来た凝灰岩。
時期により異なる火山活動で様々な物質が特殊な地層を形成しています。
その後の風雨や川の流れによって柔らかい凝灰岩の層は浸食され
このような奇岩群が出来上がり現在も形を変えていっています。
その柔らかい凝灰岩のおかげでこの地域には沢山の遺跡も残りました。

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2000年前、トルコ人は呪われた地「ギョレメ」として近づかなかったこの一帯に
ローマ帝国の迫害から逃れてやって来たキリスト教徒が住みつきました。
突出したように残った凝灰岩の岩山をくり抜き数多くの修道院が作られました。
しかし今度は次第に激しくなったイスラム教徒の迫害から逃れるため地下に身を隠します。
どこまで続いているのか未だにわかっていない巨大な地下都市です。
僕が行ったカイマクルという地下都市は地下8層、
当時1万5千人もの人口を擁していたと推定されるほどの大きさです。
しかもこの地域にはこれ以上の規模の物も含めて400以上の地下都市があるそうです。

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通路はこのようにわざと低く狭く迷路のように作って敵の侵入に備えています。

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途中で通路を塞ぐための丸い岩まで仕掛けられていました。
まるでインディージョーンズのようですがそれだけ深刻な危機を感じていたのでしょう。
煙が敵に見つからないように煮炊きは夕闇や朝もやに紛れて行い
光が漏れないように細心の注意を払って暗闇で生活していたそうです。

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しかしこれらの地下都市はキリスト教徒が住みつくずっと前、
今から5000年以上も前からあったと言われています。
キリスト教徒の手によって改装、拡大されたことは間違いないでしょうが
それ以前でも相当大きな規模の都市だったと思われます。
一体誰の手によって作られどのような歴史をたどったのか。
なぜ身を隠して生活しなければならなかったのか、謎に満ちた遺跡群です。
凝灰岩の奇妙な地形から呪われた地と言われていたのはもしかしたら
これらの地下都市に近寄らせないための古い言い伝えだったのかもしれません。
そんな妄想もどこ吹く風と、ただただ美しいカッパドキアでした。

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2014年9月8日月曜日

Ephesus

到着翌日いよいよ観光、まずはイズミール近郊のエフェソス遺跡です。

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紀元前16世紀頃からイオニア人がこの地に住みつき
都市として形成されたのが紀元前11世紀頃だそうです。
町の中心をなすアルテミス神殿が作られたのが紀元前550年頃、
その時間的な歴史だけでも一見の価値はあるのですが
ここエフェソスは昔から地理的に大変重要な位置であるため
僕たち日本人も歴史で学んだ固有名詞で溢れています。
そういう意味でもここは非常に興味深い場所です。

まずは紀元前334年、マケドニアのアレキサンダー大王が東方遠征として
当時ペルシアの支配下にあった小アジア(現在のトルコ)に進軍、
そのときこのエフェソスも征服されました。
アレキサンダーが死ぬ紀元前323年まではマケドニア支配下に、
その後は彼の部下の統治となりヘレニズム都市として栄えたのですが
紀元前2世紀には共和政ローマが奪いアジア属州の首府とされました。
現在見られる遺跡のほとんどはこのローマ統治時代に作られたもので
当時世界最大級の円形劇場や図書館などが作られ文化的都市として発展しました。

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あのユリウス・シーザーも彼を暗殺したブルータスも
シーザーの死後共和政ローマで大きな権力を握った元部下アントニウスと
その愛人であった絶世の美女クレオパトラもこの地を訪れています。
キリスト教も早くから伝わっており
聖母マリアと使徒ヨハネが余生を送った地とも言われています。
実際にヨハネの墓所やマリアが最後に住んでいた家(復元)などが近辺にあります。

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そのためキリスト教徒にとっても重要な巡礼地であり
僕が聖母マリアの家に入ったときも涙ながらにお祈りする信者の方がいました。
その後7世紀頃までは東ローマ帝国がこの町を統治していましたが
度重なるアラブ人の攻撃のため8世紀には放棄され町は荒廃していったようです。

かなり省略してこの都市の歴史を書いてきましたが言いたいことは
ここは一時期世界の中心だったということです。
現代人である僕が見ても当時勢力を拡げる上でトルコという土地、
特にエーゲ海に面していた西側は何が何でも取っておくべきだとわかります。
実際に遺跡の中に立ちその時代の政治情勢や地理的条件、
食物を得るための風土などを考えるとこの町がどれだけ重要だったか想像できます。
歴史は結果だけが事実として残りその結果にたどり着くまでの過程は常に想像の域です。
誰でも自由に想像して楽しめるのが歴史の魅力ですね。

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2014年9月2日火曜日

乗り継ぎ

今年はわけあってトルコに行ってきました。
「わけ」というのはそもそも展覧会で行くはずだったルーマニアが中止となり
ルーマニアに行くための経由地としていたトルコだけが旅の目的地になったのでした。
しかしトルコはかねてより行きたかった僕の憧れの国です。
意気揚々とイスタンブールへ飛び最初の目的地イズミールへの乗り継ぎをしようとすると

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豪雨によりほぼ全便がキャンセルといういきなりのアクシデントです。
時間はすでに夜7時、いつ飛ぶかわからない振替便のチケットを求めて
チェックインカウンターには近づく隙間もないほどの人だかりです。
その日の移動を諦めかけていたその時
「安部さんですか?」といきなり流暢な日本語でトルコ人男性に名を呼ばれました。
なぜ名前を知っているのか、訳が分からず新手の窃盗かとすら考えました。
すると彼が「ガイドのカフカです、振替便のチケットを取ってくるのでお待ちください」
と人ごみの中へ消えていきました。
結局彼はイズミールで落ち合うはずだった僕たちのガイドさんだったのですが
イタリアで培った僕の用心深さから旅行会社に電話で確認してしまいました。
彼はイスタンブール在住の方で同じ便でイズミールへ飛ぶ予定だったところ
飛行機の欠航を知って空港内で僕たちを探してくれたそうです。
振替便のチケットを手に、汗まみれで戻ってきた彼を見て
疑って申し訳なかったなと反省しました。

振替便も遅れに遅れて待つこと5時間、
イズミールのホテルへ着いたのは午前2時ころのことでした。
少し眠ってカーテンを開けると窓からはエーゲ海が、

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やっとトルコに来たという実感と、旅への期待感で胸が高鳴りました。
まだ観光していませんが今日はここまでにします。
次回はイズミール近郊のエフェソス遺跡などについて書きます。

2014年8月21日木曜日

夏の草

この1か月個展会場に張り付き、その後トルコに行き(今後ブログアップします)
帰国後すぐ打ち合わせで宮城に行くなどで不在にしておりました。
久々にアトリエに行ってみると雑草が背丈ほどにもなっており
都会では考えにくいでしょうが
本当に森に覆いつくされるのではないかとすら危惧します。

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しかし相変わらずの猛暑でアトリエ内の温度計は40度を指しています。

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危険な温度ですので無理せず1時間ほど草刈りして終了としました。
皆さまも夏の草刈には十分ご注意を。